宗次郎オリジナルアルバム第16作
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三内丸山遺跡にインスパイアされた、縄文への想いをテーマにした作品。
発売日:1998.9.18(キティ:現ユニバーサルミュージック)
プロデュース:宗次郎
作曲:宗次郎
編曲:大島ミチル(①⑦⑧)、朝川朋之(②④⑩)、田尻光隆(③⑤⑥)、熊原正幸(⑨)
<レビュー>
①まほろば(大島ミチル編曲)
冒頭のポルタメント(二つの音を滑らかにつなげた演奏)のかかったストリングス音(バイオリン類の弦楽器アンサンブル)が、まるで時空を超えて、縄文時代へとタイムスリップするかのように錯覚させる。
ゆったりとした、「故郷の原風景」によく似たメロディーが流れ、縄文の大自然が目の前に広がり、メイン・テーマが動きのある編曲・アレンジを伴って流れ出すと、縄文のムラの人々の営みが目に浮かんでくる…。
音楽を通して、縄文の世界へとタイムトラベルをしているかのような、イマジネーションあふれる良曲。
“まほろば”とは、素晴らしいところを意味する、日本の古語。
②すべては森の神にまかせて(朝川朋之編曲)
ストリングスとハープによる、なかなか重厚なアレンジが聴きどころ。
森や木々や水や風に、大自然に神々が宿り、見守ってくれているという、縄文の人たちのアニミズム、そして精神性の高さを感じさせるような、気高いメロディーが印象的。
③UMI-YURA(田尻光隆編曲)
タイトル通り、海の波に揺られているかのような、ゆったりとした3拍子系の曲。Bメロ(曲の構成で、主旋律の2番目の部分)が特に美しい。
アルバム『水心』にも「海にゆられて」という曲があるが、「UMI-YURA」は「海にゆられて」と比べて、どこか悲しげで哀愁が漂っている。
④ハナサクハル(朝川朋之編曲)
春の到来を喜ぶ、縄文の人たちの気持ちを表現した曲だそうだが、リズミカルで楽しげなメロディーに、聴いていてウキウキとした気持ちが湧いてくる。
ハープ奏者の朝川朋之さんによる編曲が秀逸。木管楽器やハープ、ハンドクラップ(手拍子)の音が印象的で、とても効果的に使われている。
2016年8月の、岐阜・本巣市での毎年恒例・淡墨桜コンサートを聴きに行った際、宗次郎さんと地元の根尾中学校のみなさんとで、この曲を演奏していたのが、とても素晴らしくて記憶に残っている。
⑤HITOMI~幼き瞳~(田尻光隆編曲)
悲しみに満ちたメロディーが印象的。タイトルからすると、明るい無垢なイメージの曲調を連想しそうだが、むしろ逆で、悲劇的な雰囲気が漂う曲。
縄文時代は、人の一生の平均年齢が低く、子供の生存率も低かったそうなのだが、成長するまでに命を落としてしまった、多くの幼子たちへの哀歌なのかもしれない。
⑥光アフレテ(田尻光隆編曲)
このアルバムで、一番のお気に入りの曲。
宗次郎さんらしい、日本的な詩情あふれるメロディーが素晴らしい。シンセによるミニマル風フレーズ(短い音型を繰り返すタイプのフレーズ)を活かしたアレンジも秀逸。
どこか、わらべ唄っぽい雰囲気を感じさせつつも、さわやかな印象のメロディー。
“和”の郷愁を呼び覚ましてくれる、こういうタイプの宗次郎さんの曲が大好きだ。
⑦パチャママ~祈り~(大島ミチル編曲)
オカリナとパーカッション(打楽器)のみという、ある意味、もっとも縄文らしい雰囲気を味わえる作品。
土笛と打楽器という、原始的とも言えるアンサンブルで、縄文時代の人たちも、きっとこんな音色を奏でていたんだろうな…と思わせてくれる曲。
オカリナも、リバーブ(エコーのこと・残響のかかる音響効果)をかけずに生音に近く、テナーF管の低音が、心地よく響く。
⑧祭祀~MATSURI~(大島ミチル編曲)
ゆったりめの前半と、壮大に盛り上がって行く後半の、大きく2つの部分から構成される曲。
祭祀のための祭壇を組み上げて、厳かな前祭を行い、炎を燈し、火を囲んで本祭を盛大に行っていく、縄文の人々の光景が目に浮かんでくるような、イマジネーションあふれる作品。
このアルバムの中でも、もっともダイナミックな曲となっている。
大自然の恵みを、神々に感謝する…そんな気持ちを、歌や踊りや音楽で表して、祭りを行っていたのかも…などと、色々想像しながら聴くと、楽しい曲である。
曲が盛り上がるにつれて、リズムが次第に加速していくアレンジが素晴らしく、高揚感を味わえる作品。
⑨まだ見ぬ人へ(熊原正幸編曲)
このアルバムでは珍しく、シンセサイザーメインの伴奏による曲。
シンセ・ストリングス(弦楽)系の音が、主に使われているが、寂しげで、どこか悲哀がただよっている曲調である。
メロディーも伴奏も、何となくぼんやりとした雰囲気な曲のため、このアルバムの中では、もう一つ印象に残りにくい曲となっている。
⑩アシタハレ(朝川朋之編曲)
ハープと弦楽によるアレンジが美しい。
どこか物悲しさを感じられるメロディーだが、やがて衰退してしまった、縄文文化への哀愁が込められているのかもしれない。
このアルバムの前半は楽し気な曲が中心だったが、終盤の9曲目と10曲目は、しんみりとした雰囲気がただよう。
“縄文への哀歌”で『まほろば』は幕を閉じられる。
<総評>
前作『愛しの森a-moll』で、原始の森・屋久島をテーマにした宗次郎さんは、その、縄文の森のイメージに続いて、三内丸山遺跡にインスパイアされた本作『まほろば』を制作。自然と共生していた縄文の人々のこころを、見事な音楽性で表現している。
宗次郎さんのアルバムは、本作『まほろば』以降、一枚のアルバムに数人の編曲家・アレンジャーが参加する形となった。
それまでは、一人のアレンジャーがアルバム一枚を丸々担当していたのだが、曲ごとにアレンジャーが変わる形となった。
本作では、大島ミチルさん、朝川朋之さん、田尻光隆さん、熊原正幸さんと、4人のアレンジャーが参加している。次作『あゆみ』以降も、しばらくは、このスタイルをメインとしたアルバム制作体制が続くこととなる。
このスタイルの長所は、宗次郎さんが作曲時に思い描いた曲調について、その曲調を最も得意とするアレンジャーに編曲を仕上げてもらうことで、楽曲の完成度を上げることができるということである。
逆に短所は、アルバム全体の統一感が下手をすると失われる危険性もあるということ。
そういう意味では、本作では9曲目だけ、他の曲と雰囲気が異なり、ちょっと浮いている感じも受けた。
また、本作から、宗次郎さんはポリドールからキティへと、所属レコード会社を移籍されているが、そのこともある程度、制作体制の変更に関係しているのかもしれない。もっとも、ポリドールもキティも、その後、合併・吸収され、現在はユニバーサルミュージックとなっている。レコード業界の再編もあり、2013年までの、宗次郎さんのアルバム(『木道』~『オカリーナの森からⅡ』)の発売元は、ユニバーサルミュージックが中心となっている。
☆参考記事
縄文を描いたニューエイジ・ミュージック~宗次郎『まほろば』&姫神『風の縄文』シリーズ・徹底比較!!
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