喜多郎さんと宗次郎さんを徹底比較する、特別コラム。
前編からの続きです。
・中編…比較その③:音楽性">・中編…比較その③:音楽性
・後編…〇〇〇の〇〇郎犯人説、比較その④:知名度・その他、おすすめ作品紹介、比較おまけ
<比較その③:音楽性>
今回は、お二人の音楽性を、徹底比較してみたいと思います。
まず、演奏楽器ですが、喜多郎さんはシンセサイザー奏者、宗次郎さんはオカリナ奏者です。
ここで、比較その①の際に紹介しました、2011年11月5日のコンサートでの共演時の、宗次郎さんの当時のマネージャーの方のブログより、お二人が共演した際のステージ写真をご覧下さい。(→http://ameblo.jp/ochiyo-blog/image-11075428082-11604735301.html)
手前の黒い服でシンセサイザーを弾いているのが喜多郎さん。奥側の青い服でオカリナを吹いているのが宗次郎さんです。
喜多郎さんはシンセサイザー以外にも、様々な楽器を奏でられる、マルチ器楽奏者です。
シンセサイザーは、愛用のコルグ製のアナログ・シンセサイザーをメインに扱うほか、デジタル・シンセも使っておられます。
シンセサイザーの他にも、民族楽器を中心に、ギターやシタール(インドの弦楽器)、笛や打楽器なども演奏されます。
打楽器では、主に和太鼓をたたくことが多く、笛は、ネイティブ・アメリカンの笛インディアン・フルートを演奏されます。喜多郎=シンセのイメージを持たれている方には、意外に思われるかもしれません。
ちなみに、喜多郎さんのインディアン・フルートの腕前は、かなりのレベルです。
※喜多郎さんのインディアン・フルート演奏(中国・西安でのライブより)
ただ、喜多郎さんはオカリナは演奏されません。
喜多郎さんがオカリナを吹くと勘違いされている方も、とても多いですが、オカリナを演奏されるのは宗次郎さんの方で、喜多郎さんはオカリナの演奏はされていません。
(喜多郎さん、コンサートではハーモニカを披露されたこともあり、もしかしたら、今までに個人的なレベルでは、オカリナを吹いたこともあるかもしれませんが、公の場では一切ありません。でも、喜多郎さんのことなので、習得する気になればオカリナも吹けるようになってしまうかもしれませんね。でも、“キタロー”の名前でオカリナを吹いてしまうと、それこそ、まるで某マンガの主人公を彷彿させてしまうことに、なってしまうような気が…)
一方、宗次郎さんはオカリナの専門家として、コンサート・CDなどでは、オカリナのみ演奏されています。
演奏に使うオカリナは、ご自身で作った手作り品の楽器を使用されます。
師匠の火山久さんから独立後に、デビューするまでに作った、約一万本のオカリナの中から、ピッチなどの面で、お気に入りの十数本を現在も使い演奏活動されています。(http://sojiro.net/contents/profile_ocarina.html)
ただ、実は宗次郎さん、オカリナ以外にもギターとキーボードが演奏可能、もしくはかつて演奏していた可能性が高いです。
というのも、宗次郎さんが火山久さんと出会いオカリナを志す以前は、ギターで弾き語りフォーク・ソングを歌っておられたということです。
そんな宗次郎さんが、オカリナの音色を聴いて、この笛なら、オカリナならば、もはや歌詞はいらない!と感じ、フォークシンガーを辞めてオカリナの道に入られたとのことです。
つまり、若い頃には、かなりギターを演奏されておられたのだろうと推測できます。もっとも、オカリナ演奏を始められてからは、ギターの演奏はされておられないと思われますので、今現在、宗次郎さんがギターの演奏が可能かどうかは不明です。
一方、キーボードに関しては、ある程度、演奏が可能なのだと思われます。
1994年3月に、瀬戸内海放送局25周年記念番組『瀬戸内海・島物語~宗次郎が奏でる心の旅』という番組がTV放送され、番組内で、テーマ曲の「魂の島々」を作曲されているところが映っていたのですが、その作曲の際、キーボードを使い曲を作っている様子が映し出されていました。
ここから察するに、宗次郎さんは作曲の際、オカリナだけでなくキーボードも使われるのだということが分かります。
もっとも、先述のように、コンサートやCDではオカリナのみ演奏され、基本的にキーボードなどその他の楽器の演奏は担当されませんが、非常に珍しく、宗次郎さんがキーボードの演奏を披露されている動画があります。
おそらく1990年以前頃のコンサートの動画で、版権会社のサウンドデザインがYouTubeに公式にアップしている映像です。曲は「道」で、間奏部分でキーボードを弾いている宗次郎さんのお姿が、わずかながら映っています。(3分50秒ごろ)
このように、宗次郎さんはキーボードも演奏されるみたいなのですが、現在は、公にはオカリナ演奏専門で活動されています。
※追記:この記事を書いた後、サウンドデザイン時代の宗次郎さんのライブ・ビデオ『宗次郎 on STAGE』を入手しました。鑑賞した結果、いくつかの曲の間奏部分で、宗次郎さんはキーボードを弾いておられました。そこから推測して、初期の頃サウンドデザイン時代のライブでは、かなりの頻度でキーボードも演奏しておられた様子です。(ちなみに、宗次郎さんが弾いておられたのは、デジタル・シンセの名器YAMAHA DX7のようでした)
次に、オリジナル作品における曲作りとテーマ性についてですが、喜多郎さんは作曲と編曲をすべて一人でこなし、オーケストラ曲などの際にのみ、オーケストレイター(オーケストラ編曲家)にアレンジを依頼されておられます。ですので、基本的には曲作りにおいて、すべて自分自身で作り上げておられます。
一方、宗次郎さんは、オカリナで演奏する主旋律・メロディーをご自身で作曲し、編曲に関しては、基本的に編曲家・アレンジャーの方に委ねるスタイルで曲作りをされています。
編曲という作業は、専門的な知識やセンスが必要とされるので、シンセサイザーとオカリナ、各々が専門とする楽器の違いが、編曲までを自身で行うかどうかという違いに、出ていると言えます。
ですので、喜多郎さんのアルバムは、編曲の面では概ね一貫性があり、急激に作風が変わるということはあまりありませんが、宗次郎さんのアルバムは、編曲を担当する編曲家により、曲調や雰囲気ががらりと変わることがあります。
例として、1995年『光の国・木かげの花』(編曲:坂本昌之)と、一年後1996年『Japanese Spirit』(編曲:大塚彩子)が挙げられます。わずか一年違いのアルバムなのに、作風が全く異なるものとなっています。
編曲家によって、どう音楽が変わるのかという楽しみ方ができるのも、宗次郎さんのアルバムであると言えます。
テーマ性としては、お二人とも、自然からインスピレーションを受けて作られた音楽であるという所は共通点ですが、喜多郎さんの方が、より東洋やアジア・日本的なテーマにフォーカスをあてた作品が多いです。(『シルクロード』を始めとして、『古事記』や『空海の旅』シリーズなど)
宗次郎さんも、『大黄河』や『Japanese Spirit』『古~いにしえみち~道』などは、アジアや日本をテーマにした作品ですが、それ以外にも、北欧・東欧をテーマにした『天空のオリオン』や、アヴェ・マリアをテーマにした『土の笛のアヴェ・マリア』など、西洋的なテーマ・アプローチの作品もあり、洋の東西に捉われることなく、自分が感じたこと、描きたいテーマを自由に取り上げておられる印象があります。
お二人とも、地球や大自然の息吹を感じさせてくれるような音楽が魅力であり、そこが、多くの人から支持を得ている点と言えます。
このように、テーマ性においては、若干の違いが見受けられますが、音楽の根幹の一つである音色の点ではどうでしょうか。
宗次郎さんのオカリナの音色の最大の特色として、その透明感のある澄んだ音色が挙げられます。
「水心(すいしん)」や「天空のオリオン」のように、ソプラノのC管やG管を使用した曲が、その代表格ですが、心が洗われるような清らかな音色で、すぐに宗次郎さんのオカリナの音だと判るほど、特徴的です。
その清々しい音は、他のオカリナ奏者の追随を許さないほど、宗次郎さん独自の個性を持っています。
※宗次郎さんの代表曲「水心」と「天空のオリオン」(イタリアでのライブ演奏)
実はこの“透明感のある”“澄んだ”“清らかな”音色であるという点で、喜多郎さんのシンセサイザーも相通ずるものがあります。
喜多郎さんの曲において、主旋律・メロディーを奏でる際、アナログ・シンセサイザー(miniKORG700Sなど)によるリード音が多用されていますが、このリード音の音色の特色が、まさに透明感のある澄んだ音色であり、喜多郎さんのシンセサイザー音楽の最大の個性となっています。
(ちなみに、喜多郎さんが初めてシンセサイザーを入手したのは、バンド“ファー・イースト・ファミリー・バンド”のメンバーだった時代の前頃で、当時では最新鋭のアナログ・シンセサイザーを購入したものの、取扱説明書が電気用語ばっかりで意味が分からず、スイッチ類をいじり倒しても、丸一日音を出すことができず、試行錯誤の末、ようやく出た音が海の波のような音だったとのことです。そこで喜多郎さんは、シンセサイザーという楽器は景色や情景を描写するのに、とても向いている楽器なんだと思われたそうです。)
喜多郎さんは、時には「エストレイア」のように、まるでオカリナを思わせるようなリード音を使うことがあり、喜多郎さんのアナログ・シンセサイザーと宗次郎さんのオカリナは、音色の特色・持ち味という点では、非常に近い、似ている個性を有しています。
※喜多郎さんのグラミー受賞作『Thinking of you』より「Estrella エストレイア」
喜多郎さんと宗次郎さんの音楽が、似ていると言われたり、混同されたりする、一つの大きな要因が、この、メロディー楽器の音色の近似性によるものであると思われます。
また、メロディーラインにおいても、喜多郎さん宗次郎さんともに、五音音階(ドレミソラという、ファとシを抜いたいわゆる四七抜き音階)のメロディーが多く、または、五音音階にシの音を足した音階(ドレミソラシという、ファを抜いた四抜き音階)によるメロディーが多いのが特徴と言えます。
このように、音楽の重要な要素である、音色とメロディーにおいて、多くの共通性が見られ、そこから、二人が似ていると言われてしまうことに、つながっているのではないかと考えられます。
実際、喜多郎ファンの方で宗次郎さんの曲も聴くという方や、宗次郎ファンの方で喜多郎さんの曲も聴くという方は多く、自分のように二人とも大好きという方も多いと思います。
(ちなみに、「神々の詩」で知られる、岩手県を拠点に“東北”にこだわった音楽を作曲された、シンセサイザー奏者の姫神・星吉昭さんの中期の頃、特にアルバム『まほろば』『海道』『北天幻想』『雪譜』あたりの作風も、先述のような喜多郎さん宗次郎さんお二人の音楽性と、共通する要素が強く、喜多郎+宗次郎+姫神でベストセレクションされて、通販のCD企画が組まれたりしたこともありました。→http://shop.ponycanyon.co.jp/pickup/p46788/とかhttps://www.onsei.co.jp/item/SOSC0503/など…。喜多郎ファンの方、もしくは宗次郎ファンの方で、姫神サウンドも好きという方や、姫神ファンの方で、喜多郎さんや宗次郎さんの音楽も聴くという方も多いかもしれません)
喜多郎さんと宗次郎さんを比較したところ、外見は別として、ライフスタイル・人物像・音楽性においては、多分に共通性が見られ、似ていると言われたり、混同されたりする理由が推測できました。
しかし、全く別の視点から、二人が混同される原因(犯人)に思い当たることがありますので、それについては、次回「喜多郎と宗次郎~似てる?似てない?徹底比較!!(後編)」で触れてみたいと思います。
また、知名度などについても比較し、おすすめ作品なども紹介したいと思います。
<特別コラム>喜多郎と宗次郎~似てる?似てない?徹底比較!!
(目次)
中編…比較その③:音楽性
後編…〇〇〇の〇〇郎犯人説、比較その④:知名度・その他、おすすめ作品紹介、比較おまけ