久石譲×宮崎駿監督作品・第4作『魔女の宅急便』
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ヨーロッパの雰囲気が楽しめる、メロディアスでおしゃれな楽曲の数々。
発売日:1989.4.10(発売元:徳間ジャパンコミュニケーションズ)
Produced by Joe Hisaishi
作曲・編曲:久石譲
<レビュー>
①かあさんのホウキ
映画本編のキキの旅立ちのシーンなどで流れる、ゆったりとした抒情的な旋律の原曲。
伴奏はシンセサイザーの音をメインにしつつ、メロディーはヴァイオリンが詩情豊かに奏でている。
伴奏アレンジは、マリンバによるリズミカルなフレーズを取り入れた、80年代後半の久石さんの典型的な作風となっている。(“ウンチャッチャッチャチャッチャチャッチャッ”とか、“ンチャチャチャチャッチャチャッ”という感じのリズム…こんな書き方で、お分かりいただけるだろうか?)
個人的には、この頃の久石さんのシンセ・アレンジが一番好きなのだが、ほぼ同時期に制作されていた、NHKスペシャル『驚異の小宇宙・人体』の音楽とも、音色やアレンジ面で共通する雰囲気が感じられる。(特に「遥かなる時間の彼方へ」や「ひと・そして・愛」と)
そんな「かあさんのホウキ」、優しく温かいメロディーと、美しいヴァイオリンの音色が楽しめる名曲である。
②ナンパ通り
映画本編でコリコの街に初めてやって来たキキが、街の大きなストリートへ、ホウキに乗って降りて行き、バスにぶつかりそうになったり、交通を混乱させたり、群衆の中をすり抜けて行くシーンでかかる曲の原曲。
サントラの曲名で言うと、「海の見える街」の後半部分の、8分の6拍子の舞曲風のメロディーの原曲。
映画では、先述のようなシーンで流れていたが、曲自体はとても愛らしい、おしゃれな感じの曲。ヨーロッパの街角などの風景とよくマッチしそうな曲調。
この「ナンパ通り」では、アコースティック・ギターやアコーディオンの音を使ったアレンジで、洗練された雰囲気も漂う。このままカフェのBGMなどでも使えそう。
曲の中間部に入る、シンセによるパン・フルートの音色の旋律が素晴らしい。
③町の夜
サントラの「傷心のキキ」の原曲。
魔女の宅急便のイメージアルバムの中で、最も哀しく切ない感じの曲調となっている。イントロの音型が「風の丘」のメロディーと似ており、意図的に似せている可能性もある。
このイメージアルバム「町の夜」では、サントラ「傷心のキキ」では演奏されていない、中間部のメロディーも収録され、楽曲としての完成度は、こちらの方が高いと言える。
その中間部のメロディーは、久石作品ではよく聴かれるタイプのメロディーラインだが、この部分があることで、曲全体のバランスが良くなる効果を生み出している。音楽的な構成の“起承転結”の“転”の部分にあたるメロディーとなっている。
サントラは映像に合わせて作られているので、音楽的な構成よりも、映像の秒数などが優先されることが多い。しかし曲によっては、この曲のように、イメージアルバムの方が、音楽的な楽曲構成の完成度は高いと思える曲もあったりする。「町の夜」はその一例と言えるだろう。
④元気になれそう
サントラ「仕事はじめ」の原曲。
このイメージアルバム版「元気になれそう」とサントラ版「仕事はじめ」は、アレンジや音色、曲調など、ほぼ同じとなっている。
非常にシンプルで覚えやすいメロディーの曲で、タイトル通り、明るくさわやかな気持ちになれる曲。(間違えて、手をたたこうとしないように…)
ダルシマーやマンドリンを思わせるような、軽やかな撥弦楽器系の音色が耳に心地良い。
⑤渚のデイト
洗練された感じの爽やかな曲。
ギターのサウンドがとてもカッコいい、おしゃれなアレンジの曲。2曲目と同じように、この曲もカフェなどのBGMに、とてもよく合いそうな気がする。
こういうフュージョン的と言うか、スムース・ジャズっぽい感じの曲は、近年の久石さんはあまり作ってはおられないが、80年代後半~90年代初頭のころには、ちょくちょく手がけておられた作風の一つと言える。
この「渚のデイト」は、音楽単体ならとても素晴らしい良曲であるが、映画の世界観にはあまり会わないと判断されてしまったのか、本編では使用されることはなかった。
⑥風の丘
サントラの「海が見える街」の前半部分の原曲。
魔女の宅急便関連のBGMの中で、最も認知度と人気の高いメロディーと言える。久石さんが作曲した魔女の宅急便の音楽と言えば、このメロディーを思い浮かべる人も多く、コンサートで“魔女の宅急便”の曲として取り上げられる際は、このメロディーが演奏される。
それほどまでに、魔女の宅急便を代表するメロディーでありながら、実際の映画本編では、たった一度のシーンでしか使われていない。キキが列車の屋根から飛び立って、街の方へ飛んで行くシーンのみ、このワンシーンでのみ使われた。にもかかわらず、これほど高い人気があるのは、群を抜いて魅力的なメロディーであるためと思われる。
循環コードによる美しい旋律と、ヨーロッパの街並みのイメージにぴったりな雰囲気、そしてアレンジが魅力的な名曲である。
サントラ版「海が見える街」は、映像の時間に合わせたショート版なので、もっと聴きたい、フル・バージョンで聴きたいと思った場合は、このイメージアルバム版「風の丘」を聴くことをお薦めする。
⑦トンボさん
この曲は大きく2つのモチーフから構成されている。
1つ目は、軽快な伴奏音型にのって、跳躍するかのようなメロディーが印象的なモチーフ。このリード系音色による旋律はかなり独特なメロディー展開をしており、久石さんならでは。映画本編では、トンボとキキが自転車二人乗りで、海を目指して走って行くシーンで使われた。
もう一つのモチーフは、3拍子のリズムのおどけた感じの曲調。どちらかと言うと、こちらのモチーフの方が“不良少年・トンボ”っぽい。実際の映画本編でも、トンボが出てくる滑稽な感じのシーンで使われたモチーフ。
先述の自転車のシーンで言うと、自転車のプロペラがふっ飛んで、海岸の草むらへ転落する所で使われていた。
⑧リリーとジジ
魔女の宅急便のイメージアルバムの中で、最も陽気な曲調の作品。
軽やかなピアノ伴奏が耳に残る、なかなかインパクトのある曲。
リリーは、劇中の登場するデザイナーの婦人が飼っている白い猫。一方、ジジはおなじみ、キキの相棒の黒猫だが、この「リリーとジジ」のメロディーは、そのタイトルに反して、この二匹が登場する場面では使われず、映画本編では意外なところで使用されている。
登場するのは1か所だけなので、探してみるのも面白いかも。
このイメージアルバム版「リリーとジジ」は、印象的なピアノサウンドの他、まるで猫の鳴き声を思わせるような、シンセ・リードの音も印象に残る。(フニャ~ンと言った感じの音)
シリアスな曲から、このようなユーモラスな曲まで…久石さんの音楽性は、本当に幅広い。
⑨世界って広いわ
3拍子のワルツ風の美しい曲。
映画本編では、このメロディーがメインテーマ的に扱われ、繰り返しアレンジを変えつつ流れていた。
サントラでは、オカリナの音色やストリングスアレンジが印象的な曲となっていたが、原曲であるイメージアルバム版は、シンセサイザー・アレンジ。
全体的に優しい音色で統一され、オルゴールを思わせるような、ベル系の音色が印象的なアレンジとなっている。そのアレンジ自体は、サントラのものと比べて、非常にシンプルなアレンジとなっている。
この優しさあふれるメロディーラインは、キキのことを温かく見守っているような、そんな愛情がこもった音楽に思える。
⑩パン屋さんの窓
久石さんの作品には、タンゴのリズムを取り入れた作品がいくつかあるが、この曲もその一種。
パン屋さんというのはもちろん、グーチョキパン店のことだが、この曲はパン屋さんでせっせと働くキキの姿がイメージできる良曲となっている。
メロディーも覚えやすく親しみやすいもので、タンゴのリズムも、とてもおしゃれな感じを醸し出している。
⑪突風
シンセサイザー・サウンドによるスペクタクル系の、なかなか激しい感じの曲調。
メロディーというよりは、サウンドに重点を置いて作られたタイプの曲。重低音のシンセ・サウンドが印象的。
映画終盤のストーリーにからんでくる、“突風”をイメージした曲と思われるが、実際の映画では未使用のモチーフとなった。
『魔女の宅急便』のイメージアルバムの中では、やや異質なタイプの曲となっている。
⑫木洩れ陽の路地
1曲目「かあさんのホウキ」の別バージョン。
ヴァイオリンが主旋律を演奏しているのは同じだが、1曲目で聴かれたような、マリンバのリズム・アレンジなどは無く、非常にシンプルなアレンジとなっている。
エレキピアノによるシンプルな伴奏で、実際の映画でこのメロディーが使用された際は、この「木洩れ陽の路地」のアレンジに近い感じのものだった。
「かあさんのホウキ」のアレンジは、キュートな感じが出ていたが、この「木洩れ陽の路地」は、ゆったりとした雰囲気を味わえるアレンジとなっている。
<総評>
日本が舞台だった前作『となりのトトロ』から一変して、本作『魔女の宅急便』はヨーロッパが舞台ということで、音楽面でもヨーロピアン・テイストな曲調が中心となっている「魔女の宅急便イメージアルバム」。
そういった曲調は、舞曲風のリズムを取り入れた曲や、ヴァイオリン、アコースティック・ギター、ダルシマー、アコーディオンといった楽器の音色などにも現れている。
全体的に明るくさわやかな作品が多く、BGMとして聴くにも適した良作アルバムとなっている。
久石さんが手がける宮崎駿監督作品のイメージアルバムとしては4作目となるが、「ナウシカ」「ラピュタ」「トトロ」のイメージアルバムと比較して、よりおしゃれで洗練された雰囲気の作品に仕上がっている。それは、魔女の宅急便の世界観が見事に表現されているためと言えるだろう。
また、シンセサイザーをベースにしつつも、前3作以上にアコースティックな楽器、あるいは、アコースティック風なサウンドの比率が高くなっている。そして、その要素はサントラ音楽集にも引き継がれている。
“歌もの”だったトトロのイメージアルバムと異なり、「魔女の宅急便イメージアルバム」は、全曲がインストゥルメンタルとなっている。
親しみやすいメロディーと耳ざわりの良いサウンド、そしておしゃれな曲も多いので、カフェなどのBGMにも、よく合いそうなアルバムである。(ただし、「突風」はあまりカフェには合わないとは思うが…)
北米版ブルーレイの特典映像に、久石さんへのインタビューが収録されていたが、久石さんによると、“プラハ”の街並みをイメージして「魔女の宅急便」の曲を作曲したと語っておられた。
石畳の道や古い街並み…たしかにプラハのイメージはピッタリな気がする。
ちなみに、実際の映画に登場するコリコの街は、スウェーデンのストックホルムと、ヴィスビー(ヴィスビューと記載されることも)という町がモデルらしい。