◎久石譲ジブリ音楽レビュー(1)『風の谷のナウシカ イメージアルバム~鳥の人…~』

久石譲×宮崎駿監督作品・第1作『風の谷のナウシカ』

『風の谷のナウシカ イメージアルバム~鳥の人…~』

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久石譲×宮崎駿、二人が出会い最初のコラボとなった、記念すべき作品。

 

発売日:1983.11.25(発売元:徳間ジャパンコミュニケーションズ)

 

Produced by Masaru Arakawa and Joe Hisaishi

作曲・編曲:久石譲

演奏:ワンダーシティオーケストラ

 

 

<レビュー>

①風の伝説 

 風のSE(サウンド・エフェクト)が響く中、シンセドラムの乱打音が強い印象を残すイントロが魅力的。

 久石さんの類まれなるサウンド・センスが、初の大作映画の音楽にして、既に花開いていることに驚かされる。

 ハープの静かなアルペジオにのって、あの有名なピアノのメロディーが奏でられると、目の前に“ナウシカ”の世界の光景が広がるかのよう…。

 その後の久石さんの代名詞とも言える、透明感のある抒情的なピアノ旋律の原型が、ここにあると言える。

 この、ナウシカの世界観を表現した、メイン・テーマ的なメロディーは、その後、サントラなどでオーケストラ・アレンジが施され、スケール感のある音楽となって行く。が、このイメージアルバム版「風の伝説」は、シンセサイザー(ピアノやハープの音)を基調としたシンプルなアレンジ。

 後のオーケストラ版のような、壮大な盛り上がりはなく、あくまで淡々とした感じで、静かに流れていく。まるで、腐海にのまれ埋もれて行った、人類文明を見つめているかのように…。

 曲のコーダ部の、ハープの音によるアレンジも素晴らしい。全体的に物哀しい雰囲気となっている。

 

②はるかな地へ…(~ナウシカのテーマ~)

 ナウシカのイメージアルバムで一番のお気に入りの曲。

 後述「遠い日々」のメロディーによるイントロ(少女の声による演奏)からの、曲の入りが秀逸。

 シンセサイザーによる伴奏にのって、アンデスの民族楽器の笛ケーナが、希望あふれるメロディーを奏でる。あたかも、青い大空を飛んで行くナウシカの姿をイメージするかのように…。

 久石さんの作品でケーナが使われたケースは、その後の作品でもあまりなく、その音色の持ち味を存分に活かした曲として、随一の名曲である。

 ケーナとシンセサイザー、そしてリズムのアレンジが非常にバランスよく、聴き応えのある傑作。

 ちなみに、ケーナの音色は、映画本編では初めの方の、ナウシカとテトが初めて出会い戯れるシーンのBGMで、使用されている。(サントラには未収録)

 ケーナ自体は、フォルクローレ(南米アンデスの民俗音楽)で主に使われる楽器だが、ナウシカの世界観にも、とてもよくマッチしていると言える。

 

③メーヴェ

 8ビートの心地良いリズムにのって、キャッチーで親しみやすいメロディーが楽しめる良曲。

 あいにく、映画本編では未使用のモチーフとなってしまったが、そのことが惜しいと思えるほど、魅力的なメロディーである。その素晴らしい旋律は、後の「Summer」など、久石さんの爽やか系メロディーラインの原型のようにも感じられる。

 “メーヴェ”とは、ナウシカが乗っている、白いグライダーのような乗り物のこと。

 この曲は、そのメーヴェに乗って、大空を翔け回っているナウシカの姿をイメージできる曲調。快活で飛翔感のある旋律とアレンジになっている。

 後に発売された“シンフォニー”編アルバムでは、同曲のオーケストラ・バージョンが収録されており、そちらもおすすめ。よりダイナミックな仕上がりになっている。

 一方、このイメージアルバム版「メーヴェ」は、シンセサイザーによるアレンジだが、きらめき感のある音色を使ったAメロと、リード系の音色を使ったBメロの対比が見事なアレンジ。

 

④巨神兵~トルメキア軍~クシャナ殿下

 この曲はタイトル通り、大きく分けて3つの部分から成る。

 “巨神兵”は、映画本編未使用のモチーフ。巨神兵のテーマとして、本編サントラでは、全く違うアプローチのメロディーが採用されている。

 イメージアルバムの“巨神兵”は、現代音楽出身の久石さんならではの、不協和音を多用した前衛的な印象。シンセストリングスの間で鳴っている、雫のような音(拍子木を加工したような)が印象に残る。後のNHKスペシャル『驚異の小宇宙・人体』の曲でも、よく似た音が使用されている。

 “トルメキア軍”のテーマは、映画本編ではオーケストラ・アレンジが施され、トルメキア軍による風の谷侵攻のシーンで使われている。

 このイメージアルバム版でも、ドラムの音を使いつつ、シンフォニックな雰囲気を感じさせるシンセサイザー音楽となっている。

 “クシャナ殿下”のテーマは、ほぼこの原曲のアレンジのままに、映画本編でも使われる。例えば、風の谷侵攻後クシャナ初登場シーン(怒りのナウシカ直後)など、数回に渡り使用されている。

 「タタター・ン・タ・タタ」というリズムの分散和音が印象的。

 実は、後年の『もののけ姫』に登場する“エボシ”のテーマにも、同形の分散和音が使われている。“クシャナ”と“エボシ”、ある種、共通性を感じさせるこの二人のテーマ曲に、同じ伴奏形が使われているのは、もしかしたら、久石さんによる意図的な音楽的演出なのかもしれない。

 

⑤腐海

 不気味な雰囲気を感じさせる、ポルタメントを多用したシンセ・ストリングス音と、緊迫感のあるエレキ・ベース音を組み合わせたアレンジが秀逸。おどろおどろしい感覚に満ちた曲調。

 一方で、中間部のストリングス系の音色によるメロディーラインは抒情的で、大変美しい。

 相反する対照的な音楽要素で構成された曲だが、腐海が持つ“二面性”を音楽で表現しているのかもしれない。ただ、映画本編では、“腐海”のテーマとしては、、全く違うアプローチの楽曲が採用された。

 

⑥王蟲

 インドの民族楽器シタールの音を使った、エスニックな雰囲気の曲。

 シタールの音は映画本編でも使用されており、王蟲(青い目バージョン)のイメージ・サウンドとして扱われている。

 王蟲が持つ、ある種の神秘性を表現するのに、久石さんが考えられた手法がシタールの音だったわけだが、これが見事に功を奏している。

 一例として、映画冒頭の、王蟲の巨大な抜け殻が画面いっぱいに登場するカットが挙げられる。シタールの独特なサウンドが、視覚と共に聴覚でも強烈な印象を与えていると言える。一方、赤い目の王蟲の時は、対照的にディストーション・ギター(エレキ・ギター)の音を使っており、王蟲の感情面をサウンドで表現することに成功している。

 王蟲の精神が“穏やかな時=シタール/怒りの時=ディストーション・ギター”というアイデアは、すでにイメージアルバムの時点で、ある程度、久石さんの脳裏にあったのかもしれない。この曲を聴くと、そんな風に思えてくる。

 

⑦土鬼軍の逆襲

 土鬼の読みは“ドルク”で、映画本編には登場しない、原作漫画に登場する民族名。

 それが曲名となっていることから察するに、久石さんは、「風の谷のナウシカ」原作漫画をかなり読み込んだ上で、作曲をされていたことがうかがえる。

 この曲は、短い音価を組み合わせたサスペンス・タッチな曲調で、イメージアルバムの曲ながら映画本編でも使用された。劇中の、トルメキア軍占領下の風の谷で、年寄り3人組が戦車を奪って戦うシーンで使われている。

 パーカッションとして、ハンドクラップ系の音を効果的に使っているのが印象に残る。

 また、中間部のオルガン系サウンドをふんだんに使ったミニマル・ミュージックの部分も素晴らしい。久石さんの専門分野をうまく活かした曲となっている。

 ちなみに、オルガン系サウンドのミニマル・ミュージックは、映画本編のサントラではかなり多用されているが、イメージアルバムでは、意外なことにこの曲のみである。

 

⑧戦闘

 のちに、シンフォニー編やサウンドトラックで、ダイナミックなオーケストラ曲にアレンジされることになった原曲。

 だが、特徴的なコード進行(Cm-B-A-A♭)の部分以外は、全く別物と言っていいほどに異なっている。

 のちの、オーケストラ・アレンジ版でのメロディーラインはこの曲には無く、後で作られたものとわかる。

 このイメージアルバム版「戦闘」は、シンセサイザーにより、ドラムやディストーション系サウンド、電子的な音がメインに使われている。全体的にテクノ系な印象を受ける曲と言える。メロディアスなタイプではなく、サウンド的にアプローチしているタイプの曲。

 このアルバムは、シンセサイザーをメインに使いつつも、民族音楽的な響きや、アコースティックな雰囲気のサウンドを志向した曲が多いので、この曲はやや異色な印象を受ける。

 

⑨谷への道

 ずばり名曲!メロディーメーカー久石さんの魅力を、存分に味わうことができる美しい作品。

 あいにく、映画本編では未使用のモチーフとなってしまったが、コンサートでは演奏曲として取り上げられたこともある。

 のちの久石メロディーの原形と言えるような、優美なメロディーを堪能できる。

 コンサートでは、ピアノとストリングスといった編成で披露されたこともあるようだが、この原曲バージョンは、ヴァイオリンとギターをメインにした、大変シンプルなアレンジとなっている。

 その分、メロディーラインの美しさが、より際立った編曲であると言える。

 このアルバムの中で、最も安らげる作品。

 

⑩遠い日々(~ナウシカのテーマ~)

 ナウシカの曲で、最もインパクトのあるメロディーというと、やはりこの曲になるのではないだろうか。

 映画本編では、久石さんのお嬢さん・麻衣さんが歌った“ラン・ランララ・ランランラン…”で有名になった。

 このイメージアルバム版では、大きく3つの部分・アレンジに分けることができる。

 まず、1つ目の部分・アレンジは、2曲目「はるかな地へ…」のイントロで使われた少女の歌声と、ギターの伴奏による民俗色あふれるアレンジの部分。映画本編の、腐海のそこで気を失ったナウシカが、夢の中で過去を回想しているシーンで、このアレンジのバージョンが使用されている。個人的に、このメロディーのアレンジとしては、このバージョンが一番お気に入り。

 2つ目の部分・アレンジは、同メロディーのシンセリード+ドラムなどの、シンセ・アレンジのバージョン。

 3つ目の部分・アレンジは、「はるかな地へ…」や「鳥の人」のメロディー“ドーシラソーー・ド・ラソファミーー…”で、笛(ケーナ)などを使ったアレンジの部分。

 これらのパートが、1つ目→2つ目→3つ目→2つ目(2つ目を繰り返しながら、転調&テンポを速めていく)と、とめどなく流れていくアレンジとなっている。

 メロディー自体はシンプルなので、曲調やテンポ・調性を変化させることで、聴き手を飽きさせない、計算された見事なアレンジが施されていると言える。

 

⑪鳥の人(~ナウシカのテーマ~)

 前述の「はるかな地へ…」の主要パートのメロディーのピアノソロ・アレンジ。

 ただ、この曲でのピアノの音は、サウンドの雰囲気から推測して、シンセサイザーでのピアノ音源と思われる。

 のちの久石さんのピアノ演奏と比べて、全体的にやや硬い印象を受ける。その辺り、当時のシンセ音源の限界なのかもしれない。

 また、奏法に関しては、後の久石さんの演奏によく出てくる、右手のメロディーに“ポロロン”といった感じのアルペジオ奏法を使う、特徴的な演奏がすでに見受けられる。

 “ナウシカのテーマ”というサブタイトルに関して、2曲目「はるかな地へ…」、10曲目「遠い日々」、そしてこの11曲目「鳥の人」に共通して付けられている。

 おそらく、この2つの大きなモチーフによって、ナウシカのキャラクター性を音楽で表現する強い意図があったものと推測できる。

 それに成功していることが、宮崎駿さんや高畑勲さんに深く伝わり、「やはり、映画本編の音楽も、久石さんでなくては!」との思いを抱かせたのだと考えられる。

 時代や流行性を超越した、普遍性を持つ音楽・旋律である。

 

 

<総評>

 当時、まだ世にあまり知られていない作曲家だった久石譲さんが、『風の谷のナウシカ』映画本編の音楽担当の確約もない状況で、制作されたイメージアルバム。

 宮崎駿監督に会い、ナウシカの世界の説明を受け、原作を読んで膨らんだイメージをもとに、曲を作られた。そして、このアルバムがまさに、久石さんご自身のその後の人生を変えるほどの、大傑作となった。

 このアルバムを聴いて、映画本編の音楽も久石さんで!と、宮崎さんや高畑さんが考えたのも当然のことと思われる。

 ナウシカの世界観が、見事なサウンドセンスと美しいメロディーで表現されており、久石さんでなければ生み出すことができない、独自の音楽である。

 久石さんと宮崎駿監督の邂逅、そして、原点を示す貴重な作品と言える。

 

 音楽的な面を見ると、全曲に渡り、シンセサイザーを基調としたアルバムとなっている。

 演奏が、“ワンダーシティオーケストラ”と表記されているが、久石さんのソロユニット名と思われ、生のオーケストラの音は使われていない。

 久石さんによる、シンセサイザーの多重録音をベースに、曲によってはゲスト奏者が参加するスタイルのようである。

 シンセサイザー音楽ながら、いかにも電子的といった感じの音はあまり用いず、民族音楽的な響きや、アコースティックな味わいのある音色を巧みに配しており、オーガニックでナチュラルなサウンドが魅力的である。(この辺りが、宮崎さんが気に入った大きな要因の一つだろうか)

 

 このイメージアルバムの楽曲は、後にオーケストラ・アレンジされて「風の谷のナウシカ・シンフォニー~風の伝説~」として発売された。

 

 その後、映画本編のサウンドトラックが久石さんによって手がけられたが、サントラは、イメージアルバムのシンセ音楽と、シンフォニーアルバムのオーケストラ音楽の双方の良さを存分に活かしたものとなった。

 その辺りのことも踏まえて、このイメージアルバムこそが、ナウシカ音楽の全ての起点となった作品であると言える。

 

※ちなみに、北米版ナウシカ・ブルーレイの特典映像に、久石さんのインタビューが収録されており、宮崎駿さんと初対面した時のことを語っておられた。

 宮崎さんの仕事場を訪ねた久石さん。

部屋の壁には、イラストや背景画がいっぱい貼り付けられていて、宮崎さんは、椅子に乗っかったりして、熱心に1時間半~2時間も、久石さんにナウシカのことを説明されたらしい。

 そんな、椅子に乗ってまで夢中に話す宮崎さんの姿を見て、久石さんは「ずいぶん、変わった人だなあ…」と思ったらしい。

 と同時に、「世の中に、こんなにも純粋な方がおられたんだ!」と驚かれたそうだ。

 そこから、おふたりの歩みが始まったかと思うと、とても興味深いエピソードである。

 

 

 

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