久石譲×宮崎駿監督作品・第5作『紅の豚』
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オーケストラを中心に、アコースティックなサウンドで彩られた、紅の豚サントラ集。
発売日:1992.7.25(発売元:徳間ジャパンコミュニケーションズ)
Produced by Joe Hisaishi
作編曲:久石譲
<レビュー>
①時代の風~人が人でいられた時代~
映画冒頭、マンマユート団が船を襲撃し、ポルコがアジトから出撃するシーンの音楽。
フル・オーケストラによるダイナミックなサウンドとメロディーがカッコいい。特に、巧みなストリングス・アレンジは、久石さんならではのダイナミズムがあふれている。
実はこの曲、映画『紅の豚』公開年である1992年に、発売された久石さんのオリジナルアルバム『My Lost City』からの曲「1920~Age of Illusion」のモチーフが引用されて作られている。
その、オリジナルアルバムのバージョンと聴き比べるのも面白い。
②MAMMAIUTO(マンマユート)
タイトル通り、マンマユート団のシーンで使われた曲。原曲はイメージアルバムの「ダボハゼ」。
そのイメージアルバムでは、シンセサイザーの音ながらブラスバンドを想定したアレンジとなっていたが、そのアレンジをオーケストラにあてはめて作られた感がある。
管楽器を中心に、生ブラスで奏でられた“マンマユート”のテーマは聴き応えあり。
③Addio!
ごく短いトラックだが、1曲目「時代の風」を静か目にしたショート・バージョンとなっている。
映画では、マンマユートから救い出した子供たちが、ポルコの飛行艇の周りではしゃぐシーンで使われた。
④帰らざる日々
イメージアルバムの「マルコとジーナのテーマ」をもとにしたピアノ曲。
映画では、ジーナの店のBGMとして流れていた。
劇中では事実上、「マルコとジーナのテーマ」(もしくは「真紅の翼」)のメロディーがメインテーマ的な役割を果たし、何度も流れるわけだが、この「帰らざる日々」はジャジーなピアノサウンドが印象的なアレンジとなっている。
映像には映っていなかったかもしれないが、もしかすると、ジーナの店のピアニストが生演奏している設定だったのかもしれない。とにかく、“いい雰囲気”の演奏である。
⑤セピア色の写真
「マルコとジーナのテーマ」をヴァイオリンでゆったりと抒情的に奏でたバージョン。アレンジ的にも曲調的にも、イメージアルバムの原曲に近いものとなっている。
映画では、ジーナの店の部屋で食事をするポルコが、ジーナと会話するシーンで使われている。
曲目の「セピア色の写真」は、ポルコが人間だった頃の唯一、一枚だけの写真のことを表している。
⑥セリビア行進曲(マーチ)
とても覚えやすく、親しみやすいメロディーの行進曲。
一度聴いたら耳に残る、印象的な旋律だが、イメージアルバムには無いモチーフで、サントラ用に新たに書き下ろされた曲。
映画では、ポルコが街中で銀行に行ったり、銃・弾丸を仕入れたりするシーンのバックで流れていた。
久石さんらしいメロディアスなマーチだが、この曲調は、後の『ハウルの動く城』の「ウォーウォーウォー」(「陽気な軽騎兵」)に受け継がれていると言える。
⑦Flying boatman
マンマユートを含む空賊連合が、カーチスを用心棒に豪華客船を襲おうとするシーンの
BGM。
「MAMMAIUTO」のメロディーの別アレンジ・バージョンを中心に、映像のカットに合わせた、細かい構成の曲となっている。
中でも特筆すべきは、客船から2人のエース・パイロット用心棒が登場し出撃するカットの曲。曲調といいオーケストレーションといい、まるでスーパーマンが飛んできそうな、“ジョン・ウィリアムズ”ばりのオーケストラ曲となっている。もしかしたら久石さん、ここは相当、ジョン・ウィリアムズ風な曲を意識されたのかも。
⑧Doom-雲の罠-
エンジン修理のため、ミラノへ向けてアジトを飛び立ったポルコが、雲間を抜けて愛機で飛んで行くシーンのBGM。
曲の冒頭の不安な雰囲気のストリングス・サウンドが、映像では、暗雲の下へ飛んで行くカットと合わさり、絵とシンクロする音楽的演出となっていた。
ハバネラのリズムと、マンドリンの音を使ったメロディーが印象的な曲。
⑨Porco e Bella(ポルコ・エ・ベッラ)
マルコとジーナのテーマによる、ショート・バージョンの曲。流れるようなピアノ演奏につづいて、メインのメロディーが奏でられる。
ポルコとジーナが電話をし、傷ついた愛機とともにミラノへ向かうシーンで流れている。
⑩Fio Seventeen
「フィオ17歳」という曲名から分かるように、映画のもう一人のヒロイン・少女フィオのテーマ。
この曲もイメージアルバムには無いモチーフで、サントラで新たに書かれた曲。
フルートなど優しい管楽器の音色や、さわやかなマンドリンの音色が印象的。
ポルコから仕事を任せてもらえることを知り喜ぶフィオのシーンから、続々とピッコロ社に女たちが集まり、飛行艇の修理作業が始まるシーンの辺りで使われた。
⑪ピッコロの女たち
イメージアルバムの「ピッコロ社」が原曲。ハバネラのリズムによる伴奏と、親しみやすく楽しいメロディーラインが秀逸な曲。
映画では、ポルコの飛行艇を修理するために、女たちが働いているシーンで使われた。
アレンジに関しては、イメージアルバムでの曲調をもとにして、アコースティックな楽器やオーケストラ・サウンドで編曲したものとなっている。原曲に忠実にアレンジしつつ、より広がりを感じられるサウンドとなっている。
⑫Friend
ポルコが映画館で、戦友のフェラーリンと会話するシーンから、秘密警察の尾行をかわすシーンで流れる曲。
前半はイメージアルバムの「冒険飛行家の時代」のメロディーを使った曲。後半は、トラックに乗ったポルコが尾行をかわす映像カットに、ぴったり合わせたBGMとなっている。
曲調が変わり、ストリングスをうまく使ったアレンジが聴きどころ。
⑬Partner ship
映画本編では未使用の曲。
曲名から推測するに、フィオがポルコについて行こうとするシーンを想定して作られた曲だったのかもしれない。
様々なモチーフを使った曲ではあるが、実際の映画のこのシーンでは、「Fio Seventeen」のテーマが使われていた。
⑭狂気-飛翔-(「My Lost City」より)
1曲目「時代の風」と同じく、1992年発表の久石さんのオリジナル・アルバム『My Lost City』の曲を引用した作品。
1曲目はモチーフとして引用しつつ、再アレンジされていたが、「狂気-飛翔-」は『My Lost City』の曲「Madness」が、そのままの形で使われている。
ストリングスの低音域を存分に活かした、ダイナミックなオーケストレーションと、ピアノなどで奏でられる細かい音型のメロディーラインが、印象的で圧巻な作品。
復活した飛行艇で、運河から飛び立つアクション・シーンで使われた。
⑮アドリアの海へ
フィオを乗せて、上空へ飛び立ったポルコの飛行艇が、フェラーリンの案内でイタリア空軍の包囲網をくぐり抜けて、ホテル・アドリアーノに向けて飛んで行くシーンのBGM。
イメージアルバムの「冒険飛行家の時代」のメロディーが原曲。
3拍子の優美なメロディーが素晴らしい曲で、アドリア海へ向けて飛んで行くシーンの美しい光景と合わさって、とても印象深いシーンとなっていた。
⑯遠き時代を求めて
イメージアルバムの「アドリアーノの窓」のメロディーが原曲。
抒情的で、流れるような美しいメロディーラインが素晴らしい。これぞ、久石メロディーの真骨頂。
映画本編では、大空を滑空するポルコの飛行艇を、アドリアーノの庭からジーナが見上げて、若かりし昔の日々のことを回想するシーンで流れていた。
この名シーンを、より印象深いものにしていたのが、この美しい曲。
⑰荒野の一目惚れ
ポルコのアジトの小島で、カーチスが颯爽と(?)登場するシーンのBGM。
木管楽器の、ちょっととぼけた感じのメロディーラインが印象的。
この曲は映像の動きにも合わせて作られており、カーチスが地面に着地する所と、オーケストラのトゥッティのタイミングがぴったりと合っている。
同様の表現としては、ラピュタの「ゆかいなけんか」などが挙げられる。
それにしても、「荒野の一目惚れ」とは…。なかなか粋な曲名である。
⑱夏の終わりに
Fio Seventeenのテーマの別バージョン。アレンジは10曲目に近く、フルートやマンドリンの音色が印象的なものとなっている。
何となく、イタリアのカンツォーネを思わせるメロディーラインだが、もしかすると意識的にカンツォーネっぽく作られたのかもしれない。
この18曲目は、フィオが海で泳ぐシーンで使われた。
⑲失われた魂-LOST SPIRIT-
フィオに乞われて、ポルコが若い頃に体験した、戦場でのエピソードを話すシーンのBGM。曲としては大きく2つの部分から成る。
まず1つ目は、メインテーマ「マルコとジーナのテーマ」をピアノでゆったりと奏でる部分。映画では、空中戦の映像にあてられていたが、その美しいメロディーとサウンドにより、“戦争の無情”が際立つ効果を生み出しているように感じられた。
2つ目は、このサントラでは唯一と言える、シンセサイザー・メインで作られた曲。
映画では、落命した操縦士たちが空の彼方へ消えていく“飛行機の墓場”のシーンで使われた。幻想的なシンセサイザー・サウンドが印象的。
アコースティックな音が中心のこのアルバムの中で、異質な存在感を放つ曲。“飛行機の墓場”のイメージを見事にとらえたサウンドとなっている。
⑳Dog Fight
ポルコVSカーチスの一騎打ち。その後半、地上に降りて来てからの肉弾戦のシーンのBGM。
メロディーとしては、17曲目「荒野の一目惚れ」のモチーフが使われており、この曲もラピュタの「ゆかいなケンカ」的な描写がされた音楽となっている。
豚なのに、曲名が“Dog Fight”となっているのが面白い。
㉑Porco e Bella-Ending-
ポルコVSカーチスの戦いに決着がついた後、ラストシーンでかかる曲。曲の構成は、大きく2つに分けられる。
まず、イメージアルバムの「アドリア海の青い空」をもとにした曲。
トランペットの音色で奏でられる、さわやかなメロディーが聴きどころ。伴奏には、シンセによるサウンドも織り交ぜつつ、オーケストラで広がりのあるアレンジが施されている。
イメージアルバム版よりも、スケール感のあるサウンドになっているが、映像に合わせて作られているので、ごく短いのが惜しい。フル・バージョンを聴くには、イメージアルバムを聴くしかない。
後半は、「マルコとジーナのテーマ」のメロディーによる曲。
しっとりとこのメロディーが流れてから、映画自体のラストシーンに合わせて、コーダが展開されていくのが美しく、音楽的なカタルシスも感じられるラストとなっている。
㉒さくらんぼの実る頃
・歌:加藤登紀子
・作曲:A.Renard/作詞:J.B.Clement
フランスのシャンソンの名曲「Le Temps des cerises」。劇中でジーナがピアノ伴奏で歌っており、挿入歌としてサントラにも収録されている。
歌っているのは、ジーナの声優もつとめられた加藤登紀子さん。情感たっぷりの歌声はさすが。
ちなみにこの曲、映画冒頭のシーンでは、昼寝をするポルコの横のラジオからも流れている。
㉓時には昔の話を
・歌:加藤登紀子
・作曲:加藤登紀子/編曲:菅野よう子/ピアノ・アレンジ:大口純一郎
映画のエンドロールで流れる主題歌。
元々は、加藤登紀子さんが、1987年に発表したオリジナル曲だったらしい。それが紅の豚の主題歌に起用され、とても穏やかで、かつ力強さも感じさせる美しい旋律が素晴らしい名曲。
この曲には、久石さんはノータッチで、編曲は「花は咲く」などの作曲で知られる菅野よう子さんと、ピアニストの大口純一郎さんが担当。
ピアノ・アレンジ:大口純一郎と記載があるので、ストリングスの部分を菅野よう子さんが編曲したと思われる。間奏部のストリングス・アレンジが、この上なく美しく素晴らしい。
<総評>
久石譲さんが音楽を担当する、宮崎駿監督作品第5作目「紅の豚」。
そのサントラの音楽的な特徴・要素を挙げるとすると、まず第一に、オーケストラ・サウンドを中心としたアコースティックな響きが挙げられる。
「ナウシカ」「ラピュタ」「トトロ」では、シンセサイザー(フェアライトCMI)の使用が目立っていた。しかし、前作「魔女の宅急便」ではシンセの比率がぐっと下がり、オーケストラ・サウンドがメインとなる。
本作「紅の豚」は、その「魔女の宅急便」の作風を踏襲しており、シンセはごく限られたトラックのみでの使用で、オーケストラ・メインの楽曲が展開されている。
また、オーケストラの音に、イタリアが舞台ということで、マンドリンの音やラテン的なハバネラのリズム、カンツォーネを彷彿とさせるメロディーラインなどが、特徴的に使われている。
メインテーマ的な存在として、イメージアルバムの「マルコとジーナのテーマ」のメロディーが、何度もアレンジを変えつつ登場しており、紅の豚のBGMの代表的な旋律となっている。「魔女の宅急便」以前の作品には無かった、“大人な味わい”の音楽も、大きな魅力の一つとなっている。
また、久石さんのオリジナルアルバム『My Lost City』からの引用もあり、当時(90年代初頭の頃)の久石さんの作風を知る上で、重要なサントラであると言える。
イメージアルバムの総評でも書いたが、近年の久石さんのコンサートでは、紅の豚の曲が演奏されることはあまりないが、「セビリア行進曲」や「ピッコロの女たち」「アドリアの海へ」「遠き時代を求めて」などなど、生のオーケストラ演奏で、一度聴いてみたいと思える良曲がそろったサントラである。