久石譲×宮崎駿監督作品・第5作『紅の豚』
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90年代初頭の久石譲さんの作風が、色濃く反映された作品。
発売日:1992.5.25(発売元:徳間ジャパンコミュニケーションズ)
Produced by Joe Hisaishi
作編曲:久石譲
①アドリア海の青い海
ピアノとストリングス、管楽器、そしてシンセサイザーのアンサンブルが大変美しい傑作。タイトル通り、青い地中海の青空が目に浮かんでくるかのよう。
久石さんらしい抒情的でさわやかなメロディーが印象的な曲だが、実際の映画本編では、ラスト近くで1回使われたのみだった。
90年代初頭(90~93年頃)の久石さんの作風が、顕著に出ている作品。
この頃の作品には、「タスマニア物語」「仔鹿物語」あるいは、オリジナル・アルバム『I am』などがあるが、ピアノとストリングスを中心とした構成で、シンセの音が隠し味的に入るという編曲が、久石さんのアレンジの主流だった。
この「アドリア海の青い空」では、トランペットを効果的に使ったアレンジとなっている。
また、エンディングに静かめのミニマルサウンドが流れ、フェードアウトしていくアレンジも、当時の久石さんの作風の一つと言え、この曲もその典型となっている。
②冒険飛行家の時代
1曲目はトランペットの音が印象的だったが、2曲目「冒険飛行家の時代」では、クラリネットの音が印象的な構成となっている。
前作『魔女の宅急便』の音楽の作風(特に「晴れた日に…」)、雰囲気を引き継いだ感のある、ワルツの美しい曲。
また、中間部の、マリンバの音によるミニマル音型がとても印象的。
これもまた、当時の久石さんの作品で、よく聴かれる作風と言える。
後半は、シンバルなどパーカッションも加わり、マリンバ・サウンドとの相乗効果で、中々にぎやかな印象となっている。
③真紅の翼
映画本編で何度も使用され、事実上メインテーマ的な扱いとなったのが、この曲のメロディー。郷愁を感じさせる、大人なムードあふれる名曲。
“ミファレドレ~”という、久石さんの音楽の典型と言えるメロディーラインが、何度も登場。それまでの宮崎駿監督作品の音楽には無かった、ジャジーな雰囲気も感じさせる曲。(もっとも、他の監督の作品では、よく聴かれる作風の一つだが…)
前半はヴァイオリン、後半はサックスをメロディー楽器として扱ったアレンジで、特に後半のサックス・サウンドはムード抜群。とてもカッコいい演奏を堪能することができる。
④雲海のサボイア
久石さんの専門分野である、ミニマル・ミュージックの作曲手法をメインにして、作られた作品。
シンセサイザーのサウンドだが、フルート、オーボエなど木管楽器系の音に、マリンバやストリングス、ブラス系サウンドが加わり、次第に曲の音響が、厚みを増していくアレンジが素晴らしい。
まさに、雲が連なる雲海をイメージできる曲調となっている。
⑤ピッコロ社
ハバネラのリズムが印象的な曲。ハバネラの伴奏形にのって、覚えやすく親しみやすいメロディーが展開されている。
イタリアが舞台の作品ということで、ラテンな雰囲気を出すために、ハバネラを取り入れられたのかもしれない。
「ピッコロ社」は、フィオの祖父が経営する飛行艇工場“ピッコロ社”のイメージ・テーマ。
映画本編でも、この原曲に近いアレンジで使われており、印象に残る曲の一つとなっている。
⑥戦争ゴッコ
ベースやシンバルなどリズム・セクションが、細かく躍動的なリズムを刻んでいるが、メロディー自体はゆったりとした曲となっている。
シンセ・ストリングスにより、ゆったりとした長めの音価の旋律を何度も繰り返す。その合い間のピアノ・サウンドが、大変美しい。
タイトルのイメージと曲調の雰囲気が、あまり一致しないが、久石さんのシンセ・サウンドを堪能できる良曲。
⑦ダボハゼ
シンセサイザーの音ではあるが、かなりブラスバンドを意識したアレンジとなっているのが印象的。
チューバの音によるベース音に、ピッコロの音が主旋律を奏でる出だしといい、シンバル+グランカッサのパーカッションに、ブラス・トゥッティがアンサンブルをくり広げる中間部など、全体的にブラスバンドなサウンドの曲となっている。
このメロディーは、映画本編では“マンマユート団”のテーマ曲として扱われていたが、ユーモラスなメロディーラインが、まさに空賊たちのイメージにぴったり。
⑧アドリアーノの窓
イントロのストリングス・サウンドが大変美しい。
その温かな、包みこむようなストリングス・サウンドに続いて、流麗で抒情的な旋律が、優しい木管楽器系の音色で奏でられる。
まさに久石メロディーの典型と言える旋律美で、ピアノ・サウンドも堪能できる良曲。
映画本編では、空を飛ぶポルコの飛行艇を見上げて、ジーナが昔のことを回想するシーンで使われた曲。
⑨世界恐慌
4曲目「雲海のサボイア」と同じく、ミニマル・ミュージック路線の作品。
3連符の“タタタ・タタタ・タタタ…”という音型のくり返しにのって、シンセ・ストリングスがパッド的なメロディー、サウンドを展開している。
いわゆる、Aメロ・Bメロがあってサビがある…というようなタイプの曲ではなく、サウンド・音響によって、イマジネーションを紡ぎ出すタイプの作品。
先述の3連符の音型が、時代の“うねり”や“歯車”を感じさせ、世界恐慌という、時代の流れを表現しているのかもしれない。
⑩マルコとジーナのテーマ
3曲目「真紅の翼」のメロディーの別バージョン。
「真紅の翼」のアレンジに比べて、この10曲目「マルコとジーナのテーマ」は、よりシンプルで、メロディーラインをじっくりと聴かせるアレンジとなっている。
実際の映画本編で使用されたのは、こちらのアレンジに近いものとなっていた。
楽曲単体として、アレンジの完成度を高めて作られたのが「真紅の翼」だとしたら、「マルコとジーナのテーマ」のアレンジは、実際の映画で使われるのを、ある程度想定した上で作られた編曲なのかもしれない。
「真紅の翼」と「マルコとジーナのテーマ」の関係は、ある意味、『魔女の宅急便イメージアルバム』での「かあさんのホウキ」と「木洩れ陽の路地」の関係に近いと言える。
<総評>
『紅の豚イメージアルバム』は、久石さんのピアノ・シンセサイザーをメインに、曲によってヴァイオリン、サックス、生ストリングスなどが、ゲストで加わる編成で作曲されている。
このスタイルは、「ラピュタ」や「魔女の宅急便」のイメージアルバムの手法を踏襲したものとなっており、「紅の豚」につづく「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」のイメージアルバムでも同様の手法がとられている。
フル・オーケストラを使うサントラに比べると、スケール感では敵わないものの、一曲一曲の楽曲構成・完成度は高く、久石さんの音楽性をより深く味わえるのが、イメージアルバムの最大の魅力と言える。
『紅の豚イメージアルバム』では、抒情的な旋律美を楽しめる曲も多く、90年代初頭の頃の久石さんの作風が、色濃く反映されたアルバムとなっている。
同時代のソロ・アルバムとしては、『I am』や『My Lost City』といった名作がある。久石さんが“七三分けの時代”で、ピアノを中心にリリカルで親しみやすいメロディーラインの作風の頃である。
ところがこの後、94年頃は、“バンダナ時代前期”=ハードでロック・ポップな作風に、がらりと変わってしまうのだが、その辺りのことは、こちらの記事を参照→
ともあれ、『紅の豚イメージアルバム』は、いわゆる“久石メロディー”を味わえる曲から、久石さんの本領発揮のミニマル・サウンドまで、多彩な曲を楽しめる名盤と言える。
『紅の豚』の曲は、現在、久石さんのコンサートの曲目としては、あまり演奏されることはないが、「アドリア海の青い空」や「アドリアーノの窓」などは、ぜひ生演奏で一度聴いてみたいと思える良曲である。