久石譲×宮崎駿監督作品・第6作『もののけ姫』
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壮大なオーケストラサウンドによる、もののけ姫のサントラ。久石さんの転機となった重要なアルバム。
発売日:1997.7.2(発売元:徳間ジャパンコミュニケーションズ)
Produced by Joe Hisaishi
作編曲:久石譲
<レビュー>
(1)アシタカせっき
もののけ姫サウンドトラックは、映画のシーンの順番通りに曲が収められている。
冒頭~タイトルでかかる「アシタカせっき」のショート版が、まず1曲目。
リバーブの効いた和太鼓の音で始まるのが印象的。
イメージアルバム版「アシタカせっき」も傑作だが、このサントラでは、フル・オーケストラによる、広がりのあるスケール感豊かなサウンドが素晴らしい。
映画のシーンの長さに合わせて作られているので、時間的には、ごく短い長さの曲だが、一気に“もののけ姫”の世界へ導いてくれる、重厚な響きが堪能できるトラック。
(2)タタリ神
映画冒頭の、タタリ神が村を急襲するシーンのBGM。
重厚な低音ストリングスのドローンに始まり、やがて和太鼓などの打楽器が加わり、ダイナミックなオーケストレーションが展開される様は圧巻。
タタリ神のタタリ蛇(ウネウネとしている黒っぽい蛇のようなもの)の動きを、音でも表現したかのような、半音階上行下行型のストリングス・サウンドが印象的。
イメージアルバム版「タタリ神」と比べると、笛や琵琶といった楽器やシンセのサウンド・エフェクトは使われておらず、よりスマートな音になった印象。その分、オーケストラ・サウンドが活き活きと響き渡っている。
(3)旅立ち-西へ-
アシタカが、村を旅立つシーンから、ヤックルに乗り、西へ向けて旅を続けていく映像が映し出されるところで流れる曲。大きく分けて以下の部分から構成される。
まず、ヤックルにまたがったアシタカに、村の娘カヤが玉の小刀を渡すところで流れる、ゆったりとしたストリングスの部分。
哀愁を感じさせるストリングスと、ケーナの音色が大変美しい。
続いて、アシタカが村から駆け出していくところの、篳篥を使った短いフレーズ。ごく短いパッセージだが、場面の変化と、旅に向けて駆け出すアシタカの心情が見事に表現されている。
そして、フル・オーケストラの雄大で壮麗な響きによる、“ものの~け~たち~だけ~”のメロディーのバリエーション。
美しい風景の映像と相まって、強い印象が残る場面と音楽になっていた。
(4)呪われた力
戦が行われている村に立ち入ったアシタカが、侍に襲われている人を救おうと、弓を引くシーンでかかる曲。
タタリの呪いの力で、圧倒的な力を発揮するシーンだが、放たれた矢のすさまじい威力を表現したかのような、強烈なストリングスのパッセージが印象的。
また、ストリングスの細かい音型が、ミニマル・ミュージック風になっているのも聴きどころ。
(5)穢土(えど)
旅の途中、アシタカがジコ坊と出会い、シシ神の森のことを聞くシーンの音楽。映像に合わせて作られた曲となっている。
アシタカとジコ坊が走るカットでは、ストリングスのピチカートによる軽やかなサウンド。
ジコ坊が味噌ぞうすいを作り、アシタカにふるまうところでは、会話の内容に合わせて曲調も変化させている。
ジコ坊がエミシの民について語るところは、「アシタカせっ記」のモチーフを。アシタカが石火矢の弾丸を見せるところは、低音ブラスが重々しく、という風に映像のムードを支えている。
そして、朝日の中、再びアシタカが旅に出るところは、3曲目「旅立ち」の後半部分と同じ、フル・オーケストラの雄大なサウンドとメロディーが印象的なものとなっている。
(6)出会い
アシタカが、川を挟んで対岸に、“もののけ姫”ことサンを目撃するシーンの音楽。
サントラを聴くと、短い曲ながら、主題歌「もののけ姫」のイントロ部分、ハープによる歌のメロディーの変奏、笛の音色が印象的な短いフレーズが、無駄なく配されていることがよくわかる。
(7)コダマ達
原曲はイメージアルバム「コダマ達」。その原曲の一部が抜粋されて使われている。
もののけ姫のサントラの中では、最もイメージアルバムの原曲アレンジに近い楽曲となっている。
また、オーケストラ・サウンドがメインのサントラの中で、この曲は珍しく、シンセ・サウンドがメインとなっている。
ピチカート・ストリングスの音が、コダマの愛らしい姿を彷彿させ、独特な曲調が、強い存在感を発揮しているトラックとなっている。
また、ディレイ(やまびこのような効果をもたらすエフェクト)を効かせて、音が減衰していくような終わり方になっているのが印象的である。
(8)神の森
アシタカが初めて、シシ神の森の中を通り、泉のほとりでシシ神の姿(シルエット)を目撃するシーンの音楽。
イメージアルバムの「シシ神の森」のメロディーの一部をもとに、作られた曲と思われる。
だが、おどろおどろしい曲調だったイメージアルバムの原曲とは異なり。サントラ「神の森」は、シンセによるベル系の音も取り入れた、神秘性・幻想性を感じさせる曲調となっている、
(9)夕暮れのタタラ場
インドの民族打楽器タブラの音と、木管楽器による和風なメロディーが印象的。
このメロディーの原曲は、イメージアルバム「エボシ御前」のBメロの旋律。
ごく短い曲ではあるが、久石さんの作品における、日本的なメロディーラインの特徴を、端的によく表わしている作品といえる。
(10)タタリ神Ⅱ-うばわれた山-
ナゴの守に関する回想シーンで流れる曲。2曲目で使われた“タタリ神のテーマ”の別バージョン。
映像に合わせて編曲されていおり、曲自体の長さは短いが、ナゴVSエボシ率いる石火矢衆の戦いを、圧倒的なサウンドで印象付けていた。
p(ピアノ)の低音ストリングスのパートと、ff(フォルテッシモ)のフル・オーケストラの対比が聴きどころ。
(11)エボシ御前
原曲は、イメージアルバム「エボシ御前」。ただ、原曲の大部分はカットされ、ハープによる特徴的な分散和音と、メロディーのごく一部が使われている程度となっている。
ハープの伴奏と、パッド的なストリングスによるアレンジが印象的。また、後半は「アシタカせっき」のメロディーが、木管楽器で静かに奏でられる。
映画では、アシタカがエボシに連れられて、石火矢を作っている小屋を訪れるシーンで使われた。
(12)タタラ踏む女達-エボシ タタラうた-
タタラ場の女たちが歌っている(設定の)歌。
イメージアルバム「失われた民」のメロディーの一部に、宮崎駿監督が詞をつけたもの。
映画でも、目立たない程度に、バックで流れていた。
パッド・ストリングスと、エスニックなパーカッションを使ったアレンジが心地良い。
短い歌ながら、久石さんらしい抒情的なメロディーを味わえる良曲。
(13)修羅(しゅら)
タタラ場を襲撃した“もののけ姫”ことサンが、大屋根の上に姿を見せるシーンのBGM。
主題歌「もののけ姫」のAメロの一部のモチーフを使いつつ、緊迫感のあるオーケストレーションが展開されている。
途中のトゥッティによる“ダンダン ダダダン”というリズムが、強烈なインパクトを放っている。
(14)東から来た少年
アシタカが、サンとエボシの一騎打ちを止めに入るシーンのBGM。(「どいてくれ!」のシーン)
「アシタカせっき」の別バージョンとなっており、アシタカのまっすぐな姿・精神を感じさせる力強い音楽である。
特に、「アシタカせっき」の大サビの部分(この曲で一番盛り上がるメロディーの所)が、呪いの蛇が、サンの腕をつかんだアシタカの右腕から出てくるカットと一致しており、映像の中でも印象的なシーンとなっている。
(15)レクイエム
ストリングスのサウンドをベースとした、とても重苦しい雰囲気の曲。
映画では、石火矢に撃たれながらも、サンをかついでタタラ場から出ようとするアシタカのシーンで使われた。
曲の途中、曲調が一瞬変化し、ストリングスの分散和音が奏でられるところと、劇中の、アシタカがタタラ場の門を押し上げるカットとが一致していた。
(16)生きろ
ハープによる“ものの~け~たち~だけ~”のメロディーの演奏が印象的。
ごく短い曲だが、「生きろ、そなたは美しい。」の名シーンで使われた曲。
(17)シシ神の森の二人
サンが瀕死のアシタカを、ヤックルの背に乗せて、シシ神の森の池に連れてくるシーンの音楽。
映画では、無数のコダマやディダラボッチが出現する、印象深いシーンだが、ここでの音楽は、8曲目「神の森」と同じ音楽的要素で構築されている。
神秘性を感じさせるシンセ音とオーケストレーションが、このシーンとぴったりはまっている。
(18)もののけ姫・インストゥルメンタル・バージョン
主題歌「もののけ姫」のインスト・バージョン。
主旋律はケーナ(アンデスの民族楽器の笛)が奏でており、ゆったりとした静かめのオーケストレーションとともに、大変美しい音楽が展開される。
久石さんのジブリ音楽の中で、民族楽器系の笛の音色と最もよく合うのは、やはり「もののけ姫」のメロディーではないだろうか。
このアレンジを聴いていると、そう思えてくる。
(19)レクイエムⅡ
猪の群れとモロが対峙し、現れた乙事主に、アシタカがナゴの最期を伝えるシーンの音楽。
オーケストレーション、曲調などは、15曲目と同様のものとなっている。
(20)もののけ姫・ヴォーカル
・歌:米良美一
・作詞:宮崎駿
映画の大ヒットにも貢献し、また、カウンターテナーの米良美一さんを世間一般に知らしめた名曲。
映画の世界観を見事に表し、テーマ性にぴったりの美しいメロディーライン。そして、米良さんの透明感のある歌声が、奇跡的に揃った傑作。
米良さんの歌声を、より活かすためか、イメージアルバム版の原曲よりも楽器の音を減らした、シンプルなアレンジとなっている。
この曲も、後世に残る、久石さんの代表曲の一つとなるだろう。
(21)戦いの太鼓
曲名通り、和太鼓サウンドで構成された楽曲。
メロディー楽器はなく、すべて打楽器の音で演奏されている曲。
劇中の、乙事主率いるイノシシの群れと、エボシとジコ坊が率いる人間たちとの決戦を前に、サンとモロが茂みから様子を伺い、サンが決戦へと向かうシーンで使われた。
和太鼓などパーカッションの音・リズムが、次第に激しいものになっていくが、映画のシーンと合わさって、緊迫感が高まっていく様が印象的だった。
(22)タタラ場前の戦い
刻みつけるようなストリングスのサウンド・リズムが印象に残る。
そのストリングスの音と対比的に配された、木管楽器によるアレンジも聴きどころ。
短い曲ながら、久石さんの緻密なオーケストレーションを味わえる、
曲名通り、タタラ場前での侍との戦いのシーンで使われた曲。
(23)呪われた力Ⅱ
タタラ場からエボシの元へ向かうアシタカ。そのアシタカに、侍の騎馬たちが追手をかけるシーンでの曲。
曲の構成としては、4曲目「呪われた力」でのオーケストレーションをもとにしつつ、侍を迎撃するアシタカのシーンに合わせた、より重厚で悲壮感漂うサウンドとなっている。
(24)レクイエムⅢ
エボシ率いる石火矢衆と、乙事主一族との激戦跡を訪れたアシタカが、戦いで生き残った一人の男から、戦いの回想を聞くシーンの曲。
ごく短い曲だが、曲調やモチーフは、15・19曲目“レクイエム”のものを踏襲している。
(25)敗走
戦い敗れた乙事主とサンたちが、暗い森の中を、シシ神の元へと進んでいくシーンの曲。
重低音のストリングスとティンパニの打音が、不気味でおどろおどろしい音響を生み出している。
このシーンの暗く沈んだ色彩の映像と合わさって、重く、そして緊迫感を徐々に高めていく効果を、この曲はもたらしていた。
(26)タタリ神Ⅲ
サンを巻き込みながら、タタリ神と化していく乙事主のシーンで流れる曲。
音楽的な素材としては、“タタリ神のテーマ”曲をベースにしつつ、「もののけ姫」や「アシタカせっき」のメロディーの1部を上手くミックスした、緊迫感あふれる重厚な曲となっている。
(27)死と生のアダージョ
シシ神が現れ、水面を歩きながら乙事主のもとへと寄っていくシーンの曲。
透明感のある高音ストリングスを中心に、静寂に満ちたアダージョ楽曲が、繰り広げられている。
映画では、エボシによってシシ神の首が狙われる、クライマックス・シーンとなっているが、この曲も、静けさの中にも緊迫感も漂う、見事なオーケストレーションとなっている。
(28)黄泉の世界
重々しい重低音のオーケストラ・サウンドに、独特な発声による女性の声を、サウンド・エフェクト的に取り入れた曲。
混沌に満ちたサウンドは、現代音楽出身の久石さんならでは。
暴走するデイダラボッチのシーンと、見事にマッチしたサウンドとなっていた。
(29)黄泉の世界Ⅱ
「もののけ姫」のメロディーの変奏から始まり、そこから「黄泉の世界」の現代音楽的な表現へと移行するさまが圧巻。
映画では、アシタカがサンに協力を求めるシーンから、シシ神の首を運びながら逃走するジコ坊のシーンで流れる曲。
(30)死と生のアダージョⅡ
映画のクライマックス・シーンの曲。
「死と生のアダージョ」の高音ストリングスを見事に活かした音楽的演出から、ブラス・セクションも加わったトゥッティ・サウンドへと移っていく編曲が、映像とぴったり合わせて作られている。
そのダイナミックで、荘厳な力強さも感じられるオーケストレーションが聴きどころ。
(31)アシタカとサン
映画のラストシーンで流れる、抒情的で美しいピアノの旋律が印象的な名曲。
原曲は、イメージアルバムの「アシタカとサン」で、曲調やアレンジは、ほぼそのままの形で使われている。
ただ、イメージアルバムではシンセサイザーが使われていたが、サントラ版ではオーケストラとピアノで演奏され、より広がりのある美しいアンサンブルとなっている。
『もののけ姫』の曲の中では唯一、従来からの作風である“久石メロディー”を堪能できる楽曲となっている。
(32)もののけ姫・ヴォーカルエンディング
・歌:米良美一
・作詞:宮崎駿
映画のエンドロールで流れる音楽は、2曲で構成されていた。
その内1曲目が、この主題歌「もののけ姫」ヴォーカル版。
歌の1番の部分のみではあったが、大変印象深く、米良さんの澄んだ歌声が、映画の余韻を高めていた。
歌の最初の8小節(「はりつめた~」から「おまえのこ~こ~ろ~」まで)は無伴奏で、その後、伴奏が加わるという編曲になっていた。
無伴奏によって、より米良さんの歌声が印象に残る効果を高めていたといえる。
そして、この「もののけ姫ヴォーカルエンディング」に続いて、切れ目なく、次の「アシタカせっ記」が流れるというエンドロールとなっていた。
(33)アシタカせっ記 エンディング
イメージアルバム「アシタカせっ記」をもとにした、オーケストラ版「アシタカせっ記」フル・バージョン。
映画エンドロールでは、時間の尺に合わせて、少しカットされていた部分があったので、このサントラ収録バージョンが、完全版であるといえる。
イメージアルバムでは、中国の弦楽器・二胡が効果的に使われていたが、このサントラでは、純粋にオーケストラ楽曲として編曲されている。
その壮麗でダイナミックなサウンドは、まさにオーケストラ・サウンドの醍醐味。
久石さんのオーケストラ楽曲のベスト10に、間違いなく入るであろう傑作・名曲である。
<総評>
「もののけ姫 サウンドトラック」は、久石譲さんのジブリ音楽、そして久石さんの音楽の変遷を考えるうえで、大きな転機・ターニングポイントとなった作品である。
「もののけ姫 イメージアルバム」では、“日本”が舞台の“時代もの”ということで、相当に日本的な響きを意識した曲作りがされていた。(龍笛や琵琶といった邦楽器の使用、日本的な音階など)
一方、映画本編で使われた、このサウンドトラックでは、邦楽器の使用は限られた曲のみに絞られ、基本的に大編成のオーケストラのサウンドをベースにしている。
演奏を担当したのは、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。
実は、クラシック演奏を専門とする、プロ・オーケストラを使って、サントラ演奏が収録された久石さんのジブリ音楽は、この『もののけ姫』が初めてで、それ以降のジブリ作品のサントラでは、同様に、クラシックのプロ・オーケストラが演奏を必ず担当するスタイルとなった。
そういう意味では、現在まで続く、久石さんのジブリ映画・サントラ演奏の形を確立させたのが、この「もののけ姫 サウンドトラック」であったと言える。
『魔女の宅急便』以前(とりわけ『となりのトトロ』以前)は、シンセサイザーの使用率も高かったが、『もののけ姫』サントラ以降では、シンセよりもオーケストラ使用がメインとなった。
(※『紅の豚』サントラも、オーケストラが中心だったが、クラシックのプロ・オーケストラではなく、サントラ・レコーディング用に編成された楽団だったと思われる)
この『もののけ姫』のサントラをきっかけに、久石さんの作風は、オーケストラやアコースティック楽器をメインにした楽曲中心となり、ジブリ以外の映画音楽などでもそのスタイルとなった。
その為か、この後久石さんは、クラシックの交響曲・管弦楽曲のスコア研究に取り組むようになり、やがてクラシック音楽の指揮者としても活動を開始するようになる。
その道筋を作るきっかけとなった作品の一つが、この「もののけ姫 サウンドトラック」であった。
いずれにせよ、久石さんの壮大で緻密なオーケストレーションを味わえる、この「もののけ姫 サウンドトラック」は、オーケストラ音楽、そして映画音楽の大傑作である。