◎久石譲ジブリ音楽レビュー(11)『もののけ姫 イメージアルバム』

 

久石譲×宮崎駿監督作品・第6作『もののけ姫』

『もののけ姫 イメージアルバム』

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民族楽器や和楽器をも取り入れた新境地へ。久石さんの“和”のサウンドが堪能できるアルバム。

 

発売日:1996.7.22(発売元:徳間ジャパンコミュニケーションズ)

 

Produced by Joe Hisaishi

作編曲:久石譲

 

 

<レビュー>

①アシタカせっ記

 映画本編で、冒頭(タイトルバック)とエンドロールを中心に何度も流れるメインテーマ。その原曲にして神曲なのがこの作品。

 映画サントラ版はフル・オーケストラだが、イメージアルバム版は、ストリングスは生ストリングスだが、管楽器類はシンセサイザーを使用している。

 サントラ版ほどのダイナミックさはないものの、オーケストレーションは既にこの曲の段階で、完成されている。

 特筆すべきは、中国の民族楽器・二胡を大胆に取り入れたアレンジとなっている点。サントラよりもこちらの方が、エスニック度が高めのアレンジとなっている。

 ちなみに、二胡を演奏しているのは、第一人者のジャー・パンファンさん。素晴らしい二胡のサウンドも堪能できる。

 「アシタカせっ記」は、それまでの久石さんのジブリ音楽にはなかった作風で、テーマ性の深さと壮大さを感じさせる作品となっている。

 初めて聴いた時には、強い衝撃を受けたのを覚えている。

 

②タタリ神

 映画序盤の、タタリ神がアシタカの村を襲うシーンで流れる音楽の原曲。

 サントラ版ではオーケストラ・サウンドが主体だが、このイメージアルバムでは、シンセサイザー+民族楽器で構成されている。

 シンセサイザーを使用している分、獣の鳴き声や雷鳴といったサウンド・エフェクトを取り入れており、サントラ版よりもバラエティ豊かなサウンドとなっている。

 また、民族楽器は、日本の伝統楽器を取り入れており、和太鼓・能管・琵琶などのサウンドが印象的。

 タタリ神との戦いを表現した激しい曲調となっているが、それが終わった後の、静寂な楽曲コーダ部(曲の終結部)が大変美しい。

 龍笛による澄んだ音色とメロディーが聴きどころ。

 この曲でも、ダイナミックさは、サントラのオーケストラ版の方が高いが、エスニック度はイメージアルバム版の方が高いといえる。

 

③失われた民

 もののけ姫関連の音楽の中で、隠れた名曲といえるのが、この「失われた民」。

 主旋律は、映画本編でタタラ場の女たちのシーンで流れる「エボシタタラうた」の原曲となっている。

 一方、本編の音楽では使用されなかったモチーフだが、イントロや間奏、コーダで流れる笛のメロディーが印象的。

 5連符を取り入れた、早いパッセージの独特な旋律は、強い個性を放っている。

 伴奏には、インドの打楽器タブラの音が使われ、主旋律を奏でる二胡のサウンドとともに、東洋・アジアの美を感じさせる、素晴らしいエスニック・ニューエイジ曲となっている。

 さらに、曲の大サビにあたる所の、ティンパニ+ストリングスのトゥッティによるブレイク(変化)が、とてもかっこいい。

 メロディー・楽曲構成・展開・サウンド、すべてが第1級の傑作。

 

④もののけ姫

※歌:麻衣(藤沢麻衣)

 映画主題歌「もののけ姫」の原曲。

 「もののけ姫」といえば、カウンターテナー・米良美一さんが歌ったバージョンがあまりにも有名だが、このイメージアルバム版では、久石さんのお嬢さんで、歌手の麻衣さん(当時は藤沢麻衣名義)が歌っている。

 米良さんとはまた違った雰囲気だが、伸びやかで澄んだ、素直な感じの歌声が印象に残る。

 アレンジに関しては、映画主題歌のバージョンは、米良さんの歌声が際立つように、できる限りシンプルに楽器の音を少なくして、ある種“わび・さび”が感じられるようなアレンジとなっていた。

 一方、このイメージアルバム版は、龍笛の音やピチカート・ストリングスなどを使った伴奏で、サントラ版よりも華やかな印象を受ける。

 また、サビのリフレインが最後にもう一度あり、ティンパニとストリングスの刻みを使った、ダイナミックなアレンジが施されている。

 

⑤ヤックル

 映画本編では使われなかったモチーフだが、この「ヤックル」の曲も、隠れた名曲であるといえる。

 付点のリズムと3連符を駆使したメロディーと伴奏が、ヤックルの軽やかな跳躍を連想させ、聴いていて、とても楽しい楽曲である。

 久石さんならではの、きめ細かいストリングス・アレンジも素晴らしく、特にAメロからBメロに移る際の、低音域ストリングスの伴奏音型の変化は、見事としかいうほかない。

 もっと評価されるべき傑作。

 この曲も、ストリングスは生ストリングスだが、管楽器類はシンセサイザーを使っている。しかし、一見(一聴)シンセとは思えないほど、生音に近い音源となっており、生ストリングスと一体となって、見事なオーケストレーションが展開されている。

 

⑥シシ神の森

  この曲では、生ストリングスではなく、ストリングスも管楽器もシンセサイザーの音源を使用している。

 全体的におどろおどろしい雰囲気となっており、現代音楽出身の久石さんのもう一つの得意技“不協和音”を多用している。

 いかにも、化け物・もののけが漂って出てきそうな曲調だが、実際の映画本編では、この曲の要素はメロディーの一部分だけが使用された。

 その際にも、大幅に曲調・アレンジが見直されて、神秘性・幻想性を強調した音色や雰囲気に変更されていた。

 イメージアルバム版「シシ神の森」は、おどろおどろしい曲調が終わった後に、楽曲コーダ部があり、静かなストリングスとチェロ・龍笛などのアンサンブルが、とても美しい。

 

⑦エボシ御前

 この曲を初めて聴いた際、出だしのハープの伴奏を聴いて、「ナウシカの“クシャナのテーマ”と似ている!」と思った。

 “クシャナとエボシ”には、ある種の共通性を感じられるキャラクター同士なので、久石さんは音楽面でも、そのことを表現したのかも…と思ったのを覚えている。

 そんな「エボシ御前」のテーマ曲だが、映画本編では、先述の伴奏音型と、Bメロの旋律が引用された程度で、他の要素は使用されなかった。(Bメロは、サントラの「夕暮れのタタラ場」の原曲である)

 琴のような音色を使ったAメロや、中間部の生ストリングス・アンサンブルも美しく、大変聴き応えのある内容なので、本編未使用に終わったのは惜しい気もするが、映像に合わせる際に、それらがマッチしないと判断された結果かもしれない。

 いずれにせよ、この曲も隠れた名曲といえる。

 

⑧コダマ達

 シンセサイザーによるファンタジックな感じの曲。

 コダマが頭を動かす時の、“カタカタカタカタ…”という効果音がふんだんに使われている。

 このサウンド・エフェクトは、当時のシンセサイザーの、プリセットのSE音として収録されていた音で、ちょうど学生だった頃の自分が使っていたシンセにも、プリセットされていた。

 この音が映画本編でも、コダマの音として使われていて、「あっ!あの音を使っている!」と思ったのを覚えている。

 イメージアルバム版「コダマ達」の曲は、時折ユーモラス雰囲気を見せつつ、展開されていく様が見事である。

 ベル系の音でメロディーラインを奏でるパートと、ピチカート・ストリングスが早いパッセージのアンサンブルを聞かせるパートの大きく二つの部分から成る。

 実際の映画本編では、抜粋されて曲の一部が起用された。

 

⑨犬神モロの公

 ダイナミックで躍動的なメロディーとサウンドが魅力的な、バトル系の音楽。

 残念ながら、映画本編では未使用のモチーフとなってしまったが、金曜ロードショーなどでの予告編では使用され、強烈なインパクトを放っていた良曲。

 “ダダンダンダダダッ!”という強いリズムのトゥッティと、躍動的ながら久石さんらしい流麗さも感じさせる、ストリングスのメロディーとの対比が素晴らしい。

 この曲も、ストリングスは生ストリングスだが、管楽器類はシンセサイザーの音源が使われている。

 緻密なオーケストレーションは、もはや神業としか思えないほどの“凄味”があふれている。

 犬神モロが、久石さんに乗りうつって作らせたのではないかと思うほどの、迫力あふれる傑作。

 

⑩アシタカとサン

 名曲中の名曲。映画ではラスト・シーンで使われた曲。

 その原曲バージョンが、このイメージアルバム版「アシタカとサン」。

 サントラ版は、ピアノとオーケストラによるアレンジだが、このイメージアルバム版はピアノとシンセが使われている。

 ただ、シンセも、ストリングスや木管楽器系の音色が使われ、かなりアコースティックな響きを意識したものとなっている。

 ほぼ、そのイメージのままに、サントラではオーケストラ・アレンジが施された。そのため、イメージアルバム版とサントラ版とでは、曲調や雰囲気はそれほど違わない。

 ゆったりと抒情的に奏でられるピアノの旋律は、まさに久石さんの真骨頂。

 このアルバムでは、他の曲が日本的な音階やサウンドにこだわって作られているのに対し、「アシタカとサン」は、いわゆる“久石メロディー”を堪能できる名曲といえる。

 初めてこの曲を聴いた際、その美しさに大いに感動して、涙があふれ出たのを、今でもよく覚えている。

 

<総評>

 久石さんが音楽を担当する、宮崎駿監督作品第6作『もののけ姫』。

 ジブリ作品初の時代劇ということで、そのイメージアルバムも、相当“日本”にこだわったサウンドとメロディーになっている。

 1曲目の「アシタカせっ記」からして、今までの作品にはなかった壮大なスケール感と、圧倒的なサウンドがあふれており、久石さんの新境地を味わうことができたアルバム。

 個人的には、久石さんのジブリ関連のアルバムの中では、この『もののけ姫イメージアルバム』が一番のお気に入り。

 当時(1996年)久石さんは、長野パラリンピック総合プロデューサーに就任し、コンサートのMCでも、日本的な表現が近年の最大のテーマとなっているとおっしゃっておられた。

 それが結実しているのが、このアルバムといえるだろう。

 サントラではオーケストラが使われたが、イメージアルバムではシンセの他、生ストリングス、そして日本やアジアの民族楽器(龍笛・能管、琵琶、和太鼓、二胡)が使われているのが特徴的である。

 その辺りのサウンドや多くのモチーフは、実際の映画本編に合わせて作られる際は、カットされた要素だが、イメージアルバムでは一曲一曲のクオリティーが非常に高く、素晴らしい傑作となっている。

 サントラが映像に合わせて、音楽的素材を細かく分けて作られた曲なのに対し、イメージアルバムは、純粋に音楽作品として構成されているので、曲ごとの完成度が非常に高い。

 また、同じ曲名でも、サントラにする際に大幅にアレンジが変更されているので、聴き比べる楽しみも味わえる。(特に「タタリ神」や「もののけ姫」はアレンジが異なる)

 スケール感のあるオーケストラ・サウンドを味わえるのはサントラの方だが、よりエスニックで、日本・アジアの響きを味わえるのは、イメージアルバムの方だといえる。

 民族楽器や、和風・東洋風ニューエイジ曲などが好きな方には、特におすすめの傑作アルバム。

 

 

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